いざというときに役立たず 「ほら、そろそろ乾いたよ。」 ハンガーにかかっていた響也のシャツを彼に差し出す。案の定、今まで気付かなかった事実に王泥喜は気付いた。 「牙琉検事。どうして成歩堂さんのパーカーを着てるんですか?」 不思議そうに小首を傾げた王泥喜に対して、法廷では考えられないほど狼狽える響也にほくそ笑む。朝っぱらから欲情した挙げ句に、精液を掛け合って洗濯しました…なんて事実を告げられるはずはない。 これが友人達に黒いと言われる部分なのだろう。 「こ、これは、成歩堂さんが火傷して、その時に濡れてしまって…。」 「はあ?」 響也の緊張がわかるのか、王泥喜は不可解な表情に変わる。みぬく表情に変化すれば、ますます響也の狼狽は酷くなった。 そうして、助けを求めるように成歩堂を振り返る。自分に向いた視線に、成歩堂は満足出来るはずだった。しかし、響也の表情が(懇願)ではなく(怒り)のものなので、つい成歩堂は拗ねてしまう。 やめておけばいいのに、余計な奸計が脳裏を掠めた。 「うん、ほら、キスマークみたいでしょ。」 そうして、王泥喜に差し示したのは先程の火傷。直径1センチほどの紅い痕が柔らかな手首の肉にくっきりと残っていた。 「そうそう、響也くんの脚にも残っているんだよね。平気?」 ニコリと微笑み近付いてくる成歩堂に、響也は固まる。 確かに、響也の太股には同じような痕が残っているのは間違いない。けれど、それは火傷などではなく、成歩堂が響也につけた所有痕。正真正銘のキスマークだ。 「ほら、見せてご覧よ。」 手を伸ばし、未だ固まったままの響也の腰に指先を滑らせた。ちょっとだけ、響也の性感体を掠めてみれば、敏感な彼は直ぐに反応を返す。 「…っ!」 爆発でもしたように、一気に耳まで赤く染めた響也の表情がたまらなく可愛くて、ついつい調子に乗ってしまう。 まぁまぁ、なぁなぁと言いつつ、ズボンのファスナーをむんずと摘む。 「なっ、…!やめろ!!」 「え?でも、心配だし…。」 ジタバタと暴れ出す相手に、適当な言葉を呟き慣れた手付きで(実際慣れているけど)ファスナーを下げる。自分にだけ(王泥喜くんにだって見せるつもりは全く無い)痕が見える程度に服をくつろげて、成歩堂はやっと手を止める。 「馬鹿!ふざけるな!!離せ、成歩堂龍一!!!」 顔を真っ赤にして叫ぶ可愛い姿にも満足し、手を離してた途端、ぎっと睨まれた。涙目なのも可愛いなぁと見惚れていれば、乾いた自分のシャツを引ったくるように持つと隣の部屋へ入った。安普請なウチの襖が飛び出すんじゃないかという勢いで締められ、炸裂音が響いた。 「臍出ししてるのに、男同士でも恥ずかしいもんかな。」 ちらりと王泥喜を返り見れば、あからさまに溜息をつかれた。 「からかってばかりいると、嫌われますよ?」 王泥喜の声は完全に呆れている。 「それは誤解だ、スキンシップだよ〜〜。」 「はい、はい。」 成歩堂の言葉を右から左に受け流し、王泥喜はもう一度惣菜に向き合った。 「俺が朝食の用意をしますから、牙琉検事を宥めて来て下さいね。おもてなししないで帰しちゃったら、みぬきちゃんに後で何て言われるか…俺知りませんよ。」 それは、それで困ったなぁなどと軽口を叩いていれば、今度は勢い良く開けられた 襖から、成歩堂にパーカーが投げつけられる。 あの僅かな時間に、完璧に身支度を整えた響也が鞄を抱えて立っていた。 「じゃあ、おデコくん。また法廷で」 王泥喜にはニコリと笑い、しかし、成歩堂には一瞥くれただけで、台所を横切っていく。 「ちょ、ちょっと響也くん」 「どうもお邪魔しました。」 そうしてプイっと顔を逸らす。成歩堂などそこらにある家具への扱いと変わらない。 流石にやりすぎたと、慌てて響也の姿を追って玄関に向かった成歩堂を見遣り、王泥喜は作りかけの味噌汁をお玉で小皿にすくう。味も整ってるようだし、出来上がりとしていいだろうと火を止めた。 テキパキとテーブルに食事の支度を整えるものの、未だ玄関でもめているらしい二人は帰って来ない。 響也の動揺と、成歩堂の笑顔。ふたりの間に特別な関係があるのはわかったが、王泥喜は面倒に巻き込まれる趣味はない。人生は平穏無事に過ごしてこそ価値がある。 なので、様子を見に行くことも取りなす事もせずに待ってはいたが、やはり帰ってこない。 窮地に陥った時に発動される成歩堂の十八番「ハッタリ」も、どうやら不発に終わったものと推測された。バキッという炸裂音が玄関から響いてきたが、これは聞かなかった事にしたほうが良さそうだと王泥喜は流す。 但し、このままではせっかくの味噌汁が冷めてしまうじゃないか。みぬきちゃんにかこつけて、一食分の食費を浮かそうという計画が台無しだ。 「いざというとき役立たず。」 王泥喜は目を細めてボソリと呟き、頂きますと両手を合わせた。 〜Fin
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